【空前のガチャポンブーム…?】
2024年頃から急増したガチャポンコーナー。スペースの持ち腐れを解消する手軽な方法として台頭し、ジャンルとしては各地のイオンに入るヴィレバンに近い役割を果たしてるように思える。時間潰しの通行人に最適な場所を中心に、飲み屋と同じ建物に入ってることも多く、酔っ払ったり高揚感に包まれたり全体的にバフのかかった状態の人の導線に置かれている事からも、エンタメ施設とざっくり括ることで真っ向勝負を避けてるように感じる。勢いで回してもその場で付けたりしない限り、持ち帰って飾ったり付けたりする可能性は低い。ガチャポンコーナーに寄った事は覚えているが購入品に関しては存在すら忘れてる事も多々あるだろう。しかし「無駄遣いした!もう二度とあんなもんやらん!」と憤慨するほど本気でやる人も少ない。数も勿論、スペースも拡大しており、より数打ちゃ当たるの構図になっている。それは固有名詞の大味な掛け算をはじめ、お客任せのなぞかけ、時に“テトラポッドに目をつけた時点でこちらの勝ちですよね?”な独特のドヤ感を生み出す結果となっている。ミニチュア化への絶対的な信頼感も特徴的だ。
【価格とユーモアの関係】
300円以上だと”これは大味な掛け算だけでなく、それなりのコンセプトがあるんじゃないか?”と錯覚を起こしてるようにも思える。まさに練度の低いシュールが息巻くところだ。反対に100円200円で着地しようとすると、競合に近い存在である百均のパーティーコーナーやおもちゃコーナーのカプセルという大きさ制限のないラインナップにどうしても完敗するので、こちらは茨の道だ。500円までくると商品のクオリティーに関しては目を見張る部分があるが、ユーモアに関しては100円のアイテムと大差はなく500円でもオマケの域を出ない印象だ。雑誌の付録が付録だけで売られてる感覚に近い。また裁縫セットのドラゴンなどすでに面白さが世間に見つかってるモノですら、オリジナルな発想として同列で並べようとする若干の手癖の悪さもある。元々人型になってる事がポイントな映画泥棒をわざわざコスプレして、面白さの手柄を頂戴しようとする構図にも似ている。
【ガチャポンの未来】
版権モノでなくとも捻り方(大喜利の仕方)がファンアート的な二次創作めいてるモノが多いのも特徴で、大喜利におけるプロアマ感と親和性が高いはずだ。同人即売会などではブースにある事も珍しくない個人用のガチャポンマシーンが、もっと広まっていけば”自分のアイディアがガチャポンになった”というSUZURIのような満足感と共に、今後世間に新しいユーモアの軸を確立するかも知れない。
【記録係】
伊藤竣泰
第14話:ハッピーバースデーにまつわる違和感