英語の話
息子が受験生の時の話である。
第一志望校に合格し、母としてはひとまず肩の荷が下りてホッとしたものだ。
受験の際、埼玉県の某私立高校を受ける事となった。早速過去問題集を買い、どんな問題があるのだろうと私もぱらぱらめくってみた。
数学、理科、社会……ふむふむ、なるほど。そして英語のページを開いた瞬間、私の手が止まった。
「次のマイクとルーシーの会話文を読み、問いに答えよ」的なごくありふれた問題だったのだが、このマイクとルーシーが完全にイカれたボーイ&ガールであった。
以下がその問題文である。
マイク:このレストランはとても良いね。美味しい料理を出してくれる。
ルーシー:このレストランに来るのは良いアイデアだったわね。
私を招待してくれてありがとう。
マイク:僕が君を招待しただって!?
僕は、君が僕を招待したと思っていたよ。
ルーシー:そう言うなら、誰が支払いをするの?私はお金がないわよ。
マイク:お金を全く持っていないだって?!……僕もだよ。
僕は、君が奢ってくれると思っていたよ。なぜなら、君はお金持ちだからね。
ルーシー:どうしましょうか?
マイク:心配しないで。友人のベンに電話をするよ。彼ならお金を持って来てくれると思う。
ルーシー:そうだと良いわね。
……そうだと良いわね(I hoep so)ではない。
き、君たちは一体、何を言っているのだ!?
一瞬、東京カレンダーの連載記事でも読んでるのかと錯覚してしまいそうになったが、これは実際に出題された高校入試の問題である。
まず、この状況を説明して欲しい。
一体どのような経緯で2人はレストランに行く事になったのだろうか。
何故か、お互いがお互いを招待したと思い込んでいる。ならば、この2人はどうやってここに辿り着いたのだろう。テレパシーでも使えない限り不可能ではないか。
もしかしたら、欧米では「目と目で通じ合う」工藤静香的文化が浸透しているのだろうか?
更に疑問なのが、誰が誘ったのかによって支払いする人物が変わるという謎システムである。
思わず、Googleで「デート」「誘った方が払う」で検索してしまったのだが、そこには男女のデート代論争が地獄のように繰り広げられていた。読んでいるだけで、私がレストランに行った訳でもないのに胃もたれする事態に陥ってしまった。
そして、最大の問題が突如現れた謎の金持ち男、ベンである。
マイクに『心配しないで』とサラリと言われるという事は、おそらくこれが初めてではない。奴は常習犯である。そしてその度に、ベンは財布を持って駆けつけているのだ。
ベン、悪い事は言わない。君はいつも損な役回りだ。早く気づいてくれ。そんな奴、友達じゃないぞ!!おい、聞いてるか!?
大体、ルーシーもルーシーである。
マイクの鬼のような提案に対して返した言葉が、
『そうだと良いわね』
この時、おそらく手はスマホをいじっている事だろう。クラスに1人はいた、性格は悪いがやたらとモテるスクールカースト上位の女。決して仲良くはなれないタイプだ。
一体何故、このような独創的な文章を高校入試に取り入れたのだろう。入試担当教師が男女関係でよっぽど嫌な事があったのか、情緒が狂ってしまったのだろうか。いずれにしても、只者ではない。
この、某私立高校に我が子を通わせる事に一抹の不安を覚えたが、その後公立の高校に合格した為、結局ここに息子が通う事はなくなった。
しかし息子にはせめて、これからの高校生活、恋の戦場にノーマネーで挑むような男にはなるなという事だけは、親として伝えておかねばならない。
あと、困った時にベンに電話するような男にも。
【執筆】
もるた
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第9話:りんご飴と夏の恋

