第4話

マダム2023

数年前、「マダム」というタイトルの作品を書いた事がある。
ワインショップで出会ったマダムがあまりにも強烈なキャラだった為、とにかく怒りを込めて書いたのだがありがたい事にややウケて、何故かこの作品を元に詩人の方とコントをやらせて頂くという機会にも恵まれた。

自分に起こった出来事を面白おかしく書くというスタイルのきっかけにもなった、自分としても印象深い作品である。

このワインショップは横浜にあるので埼玉県民の私はなかなか行く機会がなかった。

しかし先日この街に行く用事があり、数年振りに再び寄ってみる事にした。

もう随分と経っているし、マダムに対する怒りはない。なんならネタになってくれて感謝の気持ちでいっぱいである。どんなワインがあるか店内を見てから、友人へのプレゼントにハーフボトルを2本買おう。そんな事を考えながら店内へ入った、その瞬間。

「あら!初めてじゃないわね!前にも来たわね!?」

いらっしゃいませ、より先にそれか…
数年前に一度しか来てないというのに。

(マダム、さすがだぜ・・・)

相変わらずのマダム節に力が抜けそうになっていると、彼女はやたらと私の顔をジロジロ見て、何かを思い出しているような表情をした。

「やばい・・・バレた・・・か・・?」

「もしかしてネタにしたのがバレていて文句を言われるのでは」という完全なる自意識過剰な思いが駆け巡った。

いやいや、テキストをどこかに載せた事もないしバレる訳ないだろう。もし仮にバレているとしたならば、実は彼女は渋谷のオープンマイクに来ている詩人に違いない。

そう思いつつも、マダムはじっと私を見てくる。

もうワインを買ってさっさと帰ろうと思い、棚に並ぶワインに視線を向けたその刹那。

「何を探してる?赤?白?シャンパン?自分で飲む?贈り物?味の好みは?重め?軽め?冷やして飲む?国はどこが良い?フランス?イタリア?カリフォルニア?他にもあるけど、どこ?」

ホントにこれを一気にノーブレスで聞かれたのだ。

これは本来ならば、ワインを探す客に一つずつゆっくり聞き、納得いく一本を共に選ぶ為の質問だ。わざわざ専門店でワインを買う醍醐味はそこにあるはず。

ノーブレス、ノー情緒。
マダム、江戸っ子気質にも程がある。しかしここは横浜だ。

「いや・・・あの・・・」

何故かしどろもどろになってしまった私は、友人への贈り物にワインが欲しいと伝えた。
もうこの時点で完全に敗北である。

しかし、少しでも視線を動かすと
「あー、これはボルドー。ちょっと軽いけど飲みやすいしオススメ」と、速攻で解説が始まってしまうのでうっかり動く事すら出来ない。

そして、オススメのそのワイン。
知ってるわ!飲んだ事あるわ!と、心の中で悪態をついたが、マダムオススメワインはことごとく予算オーバーだったので、結局フランス産のビールを2本購入した。

ワインより小さいので荷物にならない為の配慮を感じ、友人への贈り物としてはなかなか良い選択だと思う。

ありがとう、マダム。

会計をする為レジへ向かうと、賞味期限が近く三割引になっているトリュフ風味のお菓子が置いてあったのだが、本来の目的を果たした私はすっかり油断してつい視線を向けてしまった。

すると、
「それ美味しいよ!買う?買うの?買うでしょ?買うならあなた、そのカバンに入らないから袋も買う?袋は2種類!どっち?」

もおおおお!!
ノーブレス!!再び!!

「いいいですぅう!!」

と叫び、マダムの方は見ずに逃げるように店を出た。

ものすごく汗をかいてしまったのは、真夏の暑さのせいではない。何故、私はこの店に来るとこんな目にあうのだろうか?

マダム。
フランス産のビールは、結構喜んで貰えました。本当はもっとゆっくり見たかったけど、それはまた今度にします。それまでどうか、お元気で。


【執筆】
もるた


『その刹那』

第3話:UFO
第5話:「貝の話」

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