第6話

怖い話が苦手だという話

怖い話がとても苦手だ。

大人になってもうずいぶん経つというのにホラー関連は極力避けているし、若い頃に流行りに乗ってうっかり「リング」「らせん」を観た時など半年は電気を消して眠れなかったし、今だに暗い部屋のテレビ画面も佐伯日菜子も超怖い。

そんな私は当然霊感などはない……というかそんな物あってたまるかボケ。
いや、すみません。申し訳ございません。暴言をお許しください。どうか私のような愚か者に霊感などお与え下さいませんように、何卒お願い申し上げます……と、正体不明の神に土下座する日々を送っている。

暴言を吐いたり土下座したり、怖い話が絡むと途端に情緒不安定になってしまう私なのだが、そうなってしまったのは一応原因がある。

私の体験した奇妙な話を……どうか……聞いてください……

今から20年程前、とある温泉に泊まった時の事である。部屋で眠っていると、夜中にふと違和感を感じて目を開けてみた。

すると、部屋の窓の隙間から夜なのにありえないくらいの明るい光が差し込んでいて、鈴のような音がシャラシャラと鳴り響いていた。やたらと高音の声も聴こえていた気がする。

「あれ……何だ……これ?」と思った途端に体が浮かび上がり、窓の外の明るい方へ吸い込まれそうになっている事に気がついた。下を見ると、ベッドで横たわる私が見えた。

「ゆ、幽体離脱〜〜〜!!」

咄嗟にザ・たっちのギャグが浮かんだが、それどころではない。

とにかく自分の体に戻らねば。戻れずにあの光に吸い込まれたら、何だかわからないけど「死」の世界に連れて行かれる気がする。

そう思って私は、必死で体に戻る為に「クロール」をした。ここで死にたくない、というよりもあの窓の外で怖い事が起こるくらいならば普通に死んだ方がマシだ。

この世界に「空中 de クロール」経験のある方は私以外にもいるだろうか。あれってさ、水と違って抵抗がないから全然前に進まないんだよね〜。

体に近づくと空中に戻される、という事を何度も何度も繰り返し、全然進まない体と格闘しながら体感2時間程クロールを続け、ふと気が付いたら何故か体に戻っていた。窓からの強い光も消えて真っ暗な部屋の中、汗だくで時計を見ると午前3時。

怖かった……しかし……助かった……?
もう、だから怖い話苦手だって言ってるじゃん……何故私がこんな目に……!!

あまりの出来事にパニックになり、半泣きで同室の人を叩き起こし、

「今……幽体離脱したんだけど……」

と話したところ、

「は?バカじゃない?大人の癖にそんなくだらない事言って人を起こすなんて最低」

と罵られ、あまりの怖さと悔しさに奴の存在と記憶を丸ごと封印する事にした。

もしこれを読んだ方が今後の人生で「たった今、幽体離脱した……」と宣言する人に出会う事があれば、どうかバカにせず優しくしてあげて欲しい。私の心からの願いである。

……という哀しい思い出を記憶の引き出しの奥底にずっと仕舞い込んだまま20年近い年月が経っていた。

しかし先日、スピリチュアル的な事に詳しい友人と話していた時ふと何故か記憶の引き出しが開き、そういえば昔幽体離脱した事がある。と話してみた。すると彼女は、

「それ、幽体離脱じゃなくてUFOに連れ去られそうになったんじゃない?」

どうやら強い光、鈴の音、体が吸い寄せられる、などなどがUFOに連れ去られた人の話と似ているようだ。

UFO……??焼きそば……じゃなくて本物の……?

霊的な話ならめちゃくちゃ怖いけど、宇宙的な話ならマシな気がして来た。そういえば、あの高音の声は宇宙人っぽかったかもしれない。

そうか!私はあの時、UFOに連れ去られそうになったのか!!

何だか急に過去の自分が誇らしい気持ちになり、友人のお宅に遊びに行った時に調子に乗って「私、UFOに連れ去られそうになったんだよ」と友人の娘さん(小学生)に話してみた。

すると娘さんは目をキラキラ輝かせ、

「宇宙人に会った?宇宙船に乗った?宇宙人と話した?友達になった?」

「い、いや……ごめん……。ただ部屋の中をクロールした……だけ……」

「……そっか……」

優しい子なので決して顔には出していなかったが、明らかにガッカリさせてしまったようだった。

封印された記憶の扉が開く事により、結果的に小学生に気を使わせてしまうという大変申し訳ない事態に陥ってしまい、やはり霊だろうがUFOだろうが私に怖い話は無理なのかも知れない。

神様。いや、宇宙の方。あの時はせっかくのお誘いを大変申し訳ありませんでした。どうか、下手くそなクロールしか出来ない役立たずな私を二度と宇宙へ連れて行く事などお考えになりませんよう、何卒宜しくお願い致します(土下座)


【執筆】
もるた


『その刹那』

第5話:「貝の話」
第7話:「息子からのSOS」

ShareButton:

返信する