第7話

息子からのSOS

ある日の仕事中、ふと携帯を見ると高校生の息子から36件もLINEが来ていた。

今日は文化祭の準備のため学校へ行っているはずなのだが、何かトラブルがあったのかと思い慌てて読んでみると

「やばい」
「死ぬ」
「辛い」
「もうダメだ」

何やらただ事ではなさそうな雰囲気だ。

一体何があったのかと思い読み進めると、どうやら文化祭でメイド喫茶をやるため保健所に検便を提出しなければならないのに、一向に便が出ない。という世界で一番くだらない報告であった。

「学級委員から催促の電話が止まらない」
「学校のトイレにこもって1時間が経とうとしている」
「もう一生ここにいる気がして来た」
「助けてくれ」

助けてくれと言われても、残念ながら私にはどうする事も出来ない。だから事前に検便をやっておくようにと言ったのに……

どうやらやりたくない事はギリギリまでやらないという、私の遺伝子が強く受け継がれてしまっているようだった。

一生トイレで暮らすのはさすがに学校に迷惑がかかるだろう。親として若干の申し訳なさと責任を感じ、今私に出来る最大限のアドバイスを送ってみた。 

「水分を取り、何か食べたら良いのでは?」

もう後は勝手にしてくれ。そう思って仕事に戻ろうとしたのだが、しばらくすると何故かまたLINEが止まらない。

「コンビニに来た。便に見立てて、似たような色と形の”黒糖クロワッサン”を食べてみたがまだ出ない」

は????

何故か彼はこの便秘を回避するため、ヨーグルトやフルーツなどいくらでも目的を果たせそうな食材があると言うのに「効能」よりも「形状」を重視したようだ。意味がわからない。全く、親の顔が見てみたい。

「何やってんだよ……」という心の声が思わず口から出たところで、更に次のLINEの通知音が鳴った。(もういい、マジで)

「コンビニのトイレに行って知らないオヤジの便を採取しようとしたが、残念ながらトイレは清潔だった」

は????(2回目)

私は職場で一人、頭を抱えた。一体どういう育ち方をしたら他人の便を盗むという発想に至るのだろうか。それでもし重大な疾患が発見されたとしたら、保健所の方に何と言えば良いのだ。 

「人の物を盗んではいけません」と教えて来たはずなのだが、「人の便を盗むな」とは教えて来なかった。私の教育に問題があったのかもしれない。

もういい加減疲れたので、仕事に戻る事にした。いくら息子とはいえ、別人格の胃腸問題にこれ以上関与する事は出来ない。

その後、昼休みに入ったところでふと携帯を見ると、再び息子からLINEが30件来ていた。

「まだ出ない」
「もう無理だ」
「目を閉じて集中してもダメだった」
「力を入れすぎて頭痛までしてきた」
「アドバイスプリーズ」
「やっぱりダメかもしれない」
「学級委員がキレている」
「助けてくれ」

このまま放置しようとは思ったが、我が子が人様に迷惑をかけているこの状況に耐えきれず、「保健室で相談したら?」と送ってみた。

「なるほど、その手があったか!下剤を貰えるか聞いてくる!」との返信にホッとし、あとは専門家に何とかしてもらう事を祈った。

しかし、その後来たLINEによると「先生に相談はしたがめちゃくちゃ怒られた」らしい。

「検便の一つも出せない奴はメイド喫茶なんか辞めてしまえ!」と大層ご立腹だったようだ。

お忙しい先生を息子の検便のせいでキレさせてしまい、学級委員にも先生にも各方面に大変ご迷惑をおかけしてしまった。

その後、なんとか提出はしたが量が少な過ぎて再検査かもしれない……とうなだれて帰って来た息子に思わず

「……クソみたいな1日だったな」

と、声をかけたのだった。


【執筆】
もるた


『その刹那』

第6話:「怖い話が苦手だという話」

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