表現の手法が違う様々な作家・アーティストの創造性に依拠するデジタル展示。絵画、写真、相関図、コラージュアート、広告グラフィック、フライヤー、作品概要、批評文、ロゴデザイン、録音風景など。
A digital exhibition that relies on the creativity of various artists and writers with different methods of expression. Paintings, photographs, correlations, collage art, advertising graphics, flyers, work overviews, critical essays, logo designs, and recorded scenes.
「TABLE GAME」より
『トランジッション』(2007年)収録。
ジム・ジャームッシュ監督の映画『デッドマン』(1995年)とイギリスの詩人で画家、ウィリアム・ブレイクに捧げるリアルとフェイクの融合から生まれた詩。バックトラックはニール・ヤングによるサウンドトラックより一部引用。
objective-Saw のアルバム『黄泉と平成』を聴いて書いた詩とレビュー。詩はもの自体の見えない側面を映し出すという点において一種の批評装置である。つまり返詩とはレビューである。レビューは不可思議な写し鏡のように、人の目を通した作品自体を刺激的に集約し要約する。何百語・何十分の一枚のアルバムを僅かな言葉で形づくる。その意味でレビューとは正に詩作行為に近づく。
相互干渉しあう言葉を生み出したアルバム『黄泉と平成』へ敬意を込めて。
たいへん遅ればせながら、2月8日(日)に江古田フライング・ティーポットで開催した朗読ショーケース「文藝ヴィエラ」にご来場のみなさま、遠くから気にかけてくださったみなさま、ありがとうございました! 衆院選と豪雪に挟み撃ちされた格好ではありますが、12名もの方に足をお運びいただき、主催ならびに出演者一同、感謝もひとしおです。
ライブのお知らせに書いた通り、現代の朗読詩人と古典とを接触させるというのが「文藝ヴィエラ」開催の目的でありました。古典のテクストと詩人の声、そして作品を隣接させること。
現代の朗読詩人と古典とを接触させるというのが「文藝ヴィエラ」開催の目的でありました。古典のテクストと詩人の声、そして作品を隣接させること。
それは書き手・読み手としての技術的な要請にとどまりません。上手く書く/読むために名作を勉強するといった優等生的な発想だけでは、いかなる試みもアクチュアリティを持ち得ません。企画を構想していた段階においてその狙いはいまだ漠としたものでしたが、しだいにこの企画が形になるにつれ、僕が古典と現代詩人との接触を重視したショーケースを立ち上げることの意図がより鮮明に、そして切実に意識されるようになりました。それは、現代という時代に対する、そして現代において書くこと/読むことの限界や可能性に対する僕の理解や問題意識と深くかかわっています。
みずからの作品やパフォーマンスの位置づけを確かめるためには他の作品や作者を参照しなければなりません。自己のありようは他者との関係において浮かび上がってくるものだからです。かつては「古典」というものが僕たちの頭上に、絢爛なバロック様式の教会のようにそびえ、あるいは重苦しい曇天のようにのしかかっていました。古典はあるひとつの「伝統」なるものの存在を僕たちに幻視させ、批評家たちは古典につかえる神官として、僕たちの作品を審判にかけるごとく良きものと悪しきものに振り分けていました。
しかしあるときから――ポスト構造主義、ポストモダニズムが思想の世界を席巻して以降、古典はそれ自体が審判の対象となり、その制度性を暴かれるとともに価値を相対化され、無力化されることとなりました。古典になにか固有の、それに内在する特権的な価値などないこと。古典は作られたものであること。女性や性的少数者、植民地のひとびとなど、被抑圧者による作品や被抑圧者の公正な表象が、古典にはほとんどないこと。そもそも作品とは確固たる実体ではなく、社会における諸要素の関係によって浮かび上がる概念でしかないこと。
構造主義の流行以降隆盛を誇った記号論は、神聖なる古典を記号の集積とみなし、その点において古典が官能小説やゴシップ記事、あるいは電柱に貼りつけられた広告物と変わるところがないことを明らかにしました。古典は「テクスト」となり、脱神秘化され、その特権的な価値が疑われるとともにあらゆる記号的存在物と等価なものとしてみなされるようになったのです。
かくて図体ばかりでかい大聖堂は壊され、空はすっかり晴れ渡って僕たちの視野はおどろくほどクリアになりました。いまや「古典」や「批評家」は悪口の一類型でしかありません。僕たちの行く手を阻み、僕たちの頭を押さえつける存在は消え去り、僕たちはどこまでも自由闊達に表現をおこなえるようになったのです。どんなに高い建物も、どんな広大な闘技場をも作ることができます。
しかし僕たちがその平野に見るのは、自由よりも荒涼ではないでしょうか? 空はいやに蒼ざめてはいないでしょうか? 方角の検討をつけるための目印であった尖塔はいまはなく、雲ひとつない青空は僕たちには眩しすぎて、僕たちは自分がどこにいるのか、自分がどんな姿をしているのかすら分からなくなってしまったのです。
途方に暮れる僕たちに行商人が近づいてきます。行商人は資本主義といって、かつて教会や尖塔のあいだを縫うごとく俊敏かつ狡猾に動き回っていましたが、いまや彼らの道をふさぐ大仰な建築物はどこにもありません。彼らは僕たちの前で太陽の光を更地に集め、記号という名の陽炎を作ってみせます。姿かたちを次々と変えるそのスペクタクルに僕たちは魅了され、しばしわれを忘れます。地面につながれることなく変幻自在に現れては消えるそのさまは、ポストモダニストたちが称揚した「テクストの戯れ」そのものであるように見えます。行商人は陽炎を貨幣と交換しつつひとつ、またひとつとあらたな陽炎を作り、僕たちは陽炎を買う貨幣を得るために行商人の陽炎づくりを手伝うようになりました。
かりそめの市でたんまりと金を蓄えた行商人は、かつて尖塔の立っていた更地にショッピングモールを建設します。広大な敷地に設置したいくつものテナントにいくたりもの売人が店を構え、おのおのが色とりどりの陽炎を僕たちに売りこみます。僕たちはその鮮やかさに幾万幾億もの金を落とし、ショッピングモールはますますその規模を大きくしていったのです。
今日における僕たちをとりまく状況は、大要このようなものではないでしょうか? 僕たちは自由を自由と分からぬまま参照軸のない野放図な世界に放り出され、たえずメディア、特にインターネットに氾濫し無限に増殖しつづける表象を参照しつづけながら「自己」や「世界」のイメージを形作らざるを得なくなっています。
1980年代において浅田彰は「電子の密室の中に蹲るナルシスとありとあらゆる方向に逃げ散っていくスキゾ・キッズ、ソフトな管理とスキゾ的逃走、そのいずれが優勢になるかは、まさしく今このときにかかっている」と述べましたが(『逃走論:スキゾ・キッズの冒険』)、2026年における状況は浅田の分析よりもさらに込み入ったものとなってしまいました。ネットユーザーはメディアを自在に駆け回るスキゾ・キッズであるとともに電子空間に閉じこめられたテクノ・ナルシスであるからです。
情報の発信者と受信者とが瞬時にシームレスに交替するネット空間において、マス・メディアにおけるような「ソフトな管理」は生じづらくなっていますが、そのかわりネット・ユーザーは自分の声の反響にたえずネット空間での行動を方向づけられています。ユーザーの閲覧履歴や「いいね」、「リポスト」をもとにアルゴリズムは表示するコンテンツを「最適化」しつづけます。これにより「エコー・チェンバー」の素地が出来上がるわけですが、しかし、ユーザーのイデオロギーはエコー・チェンバーによって過激化するわけでは必ずしもありません。
被験者のイデオロギーと反対の投稿をリツイート(リポスト)しつづける Bot をフォローさせることでユーザーのツイッター(現 X)のエコー・チェンバーを壊してみるという実験がありました。リベラルな被験者には保守 Bot を、保守のユーザーにはリベラル Bot をフォローさせるというわけです。その結果、リベラルな被験者はよりリベラルに、保守的なひとはより保守的にと、ユーザーのイデオロギーが過激化したのです(クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム:SNS はなぜヒトを過激にするのか?』)。じつはイデオロギー的な分断や対立は、完璧に統制されたフィルター・バブルにおいてイデオロギー的に親和性の高いコンテンツに触れつづけることではなく、むしろ、フィルターの目をかいくぐって流れてくる対立的な主張に対する、ユーザー自身の拒否反応によって強化されるのだと推測されます。現代のテクノ・ナルシスたちは「幸福な、つまりは、外へ出るための葛藤の契機を奪われた」(浅田、前掲書)存在ではなく、むしろ外へ出るための葛藤をみずから放棄してエコー・チェンバーに回帰し、フィルター・バブルに呑まれに行っているのです。彼らはアルゴリズムに自分の声を聴くのみならず、そこに入り混じる雑音に対する瞬間的な拒絶を通して自己を知るのだと言えるでしょう。節操なくメディア空間を往還しつつそこにとらわれ、陽炎のような不確かな記号の連鎖に自己イメージを能動的に預ける現代の若者は、浅田がポストモダンに見た人間類型の悪魔的複合体たる「テクノ的スキゾ=ナルシス」を生きているのです。
現代の若者が「スキゾ=ナルシス」であるとすれば、それは彼らがスキゾにもナルシスにもなりきれないということ――彼らがそのどちらのありかたにも居心地の悪さを感じながら右往左往しつづけているということにほかなりません。その意味で、AI が若者にとって「正解を提示する疑似親」としてあるという三宅香帆の洞察(『考察する若者たち』)は、ポストモダンの先にあるこの現代を理解するにあたってある示唆を与えてくれます。AI を「疑似親」と表現する点は、一見「あの失われた半身たる母の理想的な代補」(浅田、前掲書)として、テクノ・ナルシスたちが自閉していく場所としてメディアを描写した浅田の見解と一致するように見えます。しかし1980年代において浅田がイメージしたメディア像と、三宅が現代において見るメディアの姿は当然異なります。三宅が強調するのは、現代の若者が「正解」を求めているということであり、この点にポストモダニズムの夢とその先にあった現実とのギャップが見てとれるのです。
ポストモダニズムがフランスで花ひらいたのが1970年前後、日本に渡って来たのが1980年ごろですが、ポストモダン的な社会の出現から半世紀ほど経った現在において、若者たちはもはや脱中心的に行動することができないのです。中心的な価値が自明でなくなった世界(=ポストモダン)で、スキゾ的に縦横無尽に駆け回るか、メディア環境に閉じこもって自己愛に耽溺するかが浅田の想定した行動様式でしたが、現代の若者にとってはそのどちらも現実的ではありません。尖塔が崩れ去りその記憶すら失われた荒野で、若者は自己像も自己の立ち位置も分からず茫然自失するばかりで、とても放埓に逃げ回ることなどできません。また、そこでは自己に閉塞することがすでにデフォルトになっているのですから、密室におけるナルシシズムはなんの救いにもなりません。
このような状況で若者たちは、荒野における中心的価値として「正解」を求めるのです。それはあくまで「正解」であり、世界の成り立ちを示す「真理」ではありません。彼らはそのような「正解」を、ネット空間という閉域において、ゴミ箱を漁る野良猫のように探し回ります。傍目にはさもしく映るそのありさまは、ポストモダン的価値観を所与のものとする世界に生まれ落ちた若者たちがデスパレートな切実さをもっておこなう、彼らなりの生存戦略なのです。
「コスパ」や「タイパ」、「最適解」といった「正解」が、資本主義における適応と生き残りを志向していることは火を見るより明らかです。その場限りの「正解」を通して資本主義に最大限適応することで自己の価値を確認するとともに、世界を理解するうえでの見取り図を得ようとするのが、「ポストモダン」すら歴史的概念となった現代において若者の辿りついた生き方なのです。
陽炎を売るショッピングモールが果てしなく拡張しつづけるかたわらで、ポストモダニストの末裔たちはすでに倒壊してただの岩になった聖像を、小さなハンマーを手に石や砂利にまで砕くことにあくせくしています。彼らは陽炎がカネに変わる世界のありように声をあげこそすれ、なんら具体的な抵抗策や別様な世界観を提示できずにいます。それは彼らが、古典を壊しながらも同時に古典によって知識人としての立場を得ているという矛盾によるばかりではありません。彼らが壊しつつ奉じている「古典」そのものが、社会にとっても彼らにとっても陽炎、つまり「記号」でしかないからです。その証拠に、彼らが叩き割った「古典」の破片を適当に組み合わせてイカサマの「伝統」をでっちあげるような陰謀論者の粗末な積み木遊びが、知識人たちの「真っ当」な言説よりもはるかに影響力をもっているではありませんか。
現代というかくも放縦な時代を生きる若者として、僕は足もとにある破片を拾い上げるところから始めようと思うのです。いまや古典は書庫ではなくスマホにあります。青空文庫のような作品単位に切り分けられたものをはじめ、国立国会図書館デジタルコレクションのように初出の雑誌にまで無料でアクセスできるようなサービスもあります。現れては消えるショート動画と横並びに配置され、個々バラバラのコンテンツとして電子の海に漂うこれらの作品を拾い上げ、アクチュアルな文脈に置きなおすこと。
僕がおこないたいのは、壊された古典という破片を組み合わせて小さな家をつくることです。それはふたたび教会の尖塔を建てることを意図しませんし、かといって陰謀論者の積み木遊びの輪に加わるわけでもありません。作ったさきから指先でガシャッと崩れるようないくつもの積み木の城を前にして、かつてあったという大聖堂の幻影を思いながら、ただの破片となった歴史的遺産をたしかな手つきで創造的に組みあげること。
「小さな家」という表現には若干の注意が必要です。僕は単に「家」という語から連想されるような温かな「場所」を志向しているわけではないのです。この点にも現代において実存を考えることの難しさが現れています。
1970年代後半において、現象地理学は「空間から場所へ」というテーゼを打ち出しました。幾何学的にあるというだけの、原理上なにものの存在もそこに可能であるような「空間」ではなく、時間性を帯びて僕たちの身体に寄り添ってくるような、人間的な意味が立ちこめる「場所」に着目すべきであると彼らは述べます(エドワード・レルフ『場所の現象学:没場所性を超えて』、イーフー・トゥアン『空間の経験:身体から都市へ』)。冷たい「空間」に対する温かな「場所」というイメージは非常に分かりやすい対照をなしますが、このような構図には、近代の特異性を強調するために前近代を過度に理想化してしまうような、近代論にありがちな危うさがあるように思われます。過去を美化し現在を憂えるための、あるいは「これも近代にツクラレタものなのだ!」と大見得を切るためだけにあるような議論がアクチュアルであるとは言えません。
また「場所」という概念は、「時間」という語を容易に「伝統」に読みかえこれを温かな毛布に仕立て直してしまいます。おなじ「伝統」に属するとたがいに思い込んだ仲間との生ぬるい関係性は、その「伝統」から外れた(あるいは疎外された)者に対する排撃をともないます。たとえば20世紀のドイツにおいて、それはユダヤ人への熾火のような嫌悪に始まり、ジェノサイドという業火に帰結しました。ファシズムはいわば、銃を毛布に包んでひとびとに手渡したのです。実存の基底として「家」があり、現存在にとって実存とは住むことなのだとのハイデガーの説(『存在と時間』)を引用する現象地理学の理論家たちは、「家」における人間性の保障こそがあの非人間的惨劇の条件のひとつとなったことをどのように考えているのでしょうか。ウクライナやガザをはじめ、世界のそこかしこに戦火が上がる現代において、「場所」概念を無批判に称揚することは、人類が20世紀に経験した大いなる愚かさを再演することにつながりかねません。しかしだからといって、だだっぴろく広がるだけの「空間」に抜き身で立ちつづけることもまた人間にはできないのです。
今回開催した文藝ヴィエラは、モダンとポストモダンの先に生を享けた僕が、書くことと読むことをめぐる現代の状況に対してかろうじて出した回答のひとつでした。近代文学を、その成立要件である黙読(これこそ近代読者の条件でした)から切断し現代の朗読詩人に接続すること。あるいは、朗読詩人の声がもつ非定型的な美しさに、権威化されたテクストをあえてぶつけてみること。テクストと詩人との取り合わせを工夫することで、名作朗読にありがちな予定調和にヒビを入れること。そして、強靭なテクストとリーディングを具したオリジナルのパフォーマンスをそれらに対置すること。すなわち、多彩な声が響き合う温かな場所に批評的な厳粛さを差し入れることが今回のイベントの方針でした。文字と声、自由と権威、冷たさと温かさ――これらをとりまぜひとつの時空間に圧縮することで生じる幾条かのスパークこそがこのイベントの生命線であり、そこに現代の困難な二律背反を生き抜くための「第四次延長」(宮沢賢治『春と修羅』序)が一瞬でも現出するのではないか。これが現時点における僕の中間回答であり、僕が「文藝」という語をよすがとして実践しようとする理念なのです。(小径章)
詩人、作家、パフォーマーである小径章が主宰する朗読リーディングショーケース「文藝ヴィエラ」。その第一回目の終了後に寄せられた文章。
(初出:文藝ヴィエラ、そして「文藝」について | 小径章 公式ホームページより)








