第1回 橋本ハム太郎の伝説 ハイスコアを叩き出せ!
Netflixで『ハイスコア:ゲーム黄金時代』という番組を見た。
これは1970年代から90年代までのビデオゲーム・TVゲームの歴史を追ったドキュメンタリー番組で、78年のインベーダーゲームから始まり、任天堂の登場、セガの登場、RPG・格闘ゲームの誕生、そして93年に3Dゲームが誕生するまでを、歴史の起点となったゲーム制作者へのインタビューを中心となって描いている。知っているようで知らなかった数多くの有名ゲームの制作者が登場し、その当時の背景を語っている。とても面白く一気に全6話を見てしまったのだが、思ったのはゲームクリエイターほどユーザーのことを考える人種はいないということだ。
初期のゲームだから技術的な制約が多い中、どうやったらユーザーに買ってもらえるか、ユーザーはどういうゲームが求められているのか、どうやって売り込むか、「マーケティング」という言葉で括ってしまうと漏れてしまう情熱がそこにある。つまり、とにかくみんなに楽しんでもらいたいという気持ちだ。
世の中にはいろんなクリエイターがいて、いろんな思いで作品を作っていると思うが、ゲームほど本質的にユーザー本意のクリエイティブはないような気がした。よくよく考えれば、ゲームユーザーというのは受け手でありかつプレイヤーでもあるので、プレイヤーのプレイがなくてはゲームは成り立たない。音楽や映像が作者のオナニーでも成り立つのに比べ、ゲーム制作というものは常にユーザーの立場を考え続けないといけないのは当然のことだが、それを(当たり前だが)ゲームクリエイターたちが自明のこととして自然に行っているのにえらく感動してしまった。ここまで受け取り手のことを考えるのかと。そこにわいは感動してしまったんや。
また、登場する人たちにLGBTが多かったのも特徴的だった。番組内でもある人が言っていたが、どんなマイノリティでも同じルールで戦える、というところにゲームの良さがある。
熱く語ってしまったがわたしはそれほどゲーマーではなく、というか全くゲームをしない人なのだが、最近久々に熱中したのが任天堂の『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ザ・ワイルド』である。これは去年始めて、まだハマっている。まだまだハマっている。一時は毎日6時間ほどプレイしていて、それが一ヶ月以上続き日常生活にも支障を来すほどだったが、さすがに全クリしてしまって今はやることが特にないのだが、それでも定期的にハイラルを巡回している。そしてまた新たな要素を見つけ楽しんでいる。それくらい奥深いゲームである。このゲームも恐ろしくユーザー本意のゲームで、能動的に色んな遊び方ができる。100人のプレイヤーがいれば100通りのゲーム体験ができる。まあブレワイについてはわたしがここで書かなくとも各所で絶賛のレヴューがあるゲームなのでこれくらいにしておくが、まだ未プレイの人は早くはじめて日常生活に支障を来してほしい。
さて、任天堂といえば宮本茂だが(言わずと知れたマリオ、ゼルダ、ピクミンを作った文化功労者)、宮本茂と松本人志が対談している動画がYoutubeにあがっている。これはNHKで放送された当時もリアルタイムで見ていたのだが、『ハイスコア』を見た後に宮本茂の話も聞きたいなと思って久しぶりに聞き直した。そしたらそこで松本人志が「宮本さんはすごく賢いはずやのに子供の心をいつまでも持っている」と言っていて、子供の考え方、発想を持ちながらいかに技術を高めるかが大事だという話をしていた。
それを聞きながら思ったのだが、今アマゾンプライムでやっている松本人志の『ドキュメンタル』と『フリーズ』はそれぞれ「にらめっこ」と「ダルマさんが転んだ」をやっているんだなあと思い、ああ松ちゃんはちゃんと子供の発想のままそれを発展させた遊びを今も考えているんだと気づいた。
そう考えると島田紳助が考えた「M-1グランプリ」という企画も、青春っぽいというか、「素敵やん」が口癖の人間が思いつきそうなフォーマットのような気もする。あれには若者が成り上がるというドリームがあるからね。
なぜか最後はお笑いの話になってしまったが、『ハイスコア:ゲーム黄金時代』おすすめです。きっと、自分も何か創らなきゃという熱い気持ちを呼び起こしてくれるでしょう。
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