UFO
大学1年の冬、姉の紹介でアルバイトを始める事になった。
お昼休憩の時間になりスタッフルームへ入ると、バイトの先輩が突然カップやきそばを手渡して来た。
「ありがとうございます。頂きます」
丁寧にお礼を言ったつもりだったが、彼は信じられない。という顔でこう言った。
「は?違うよ。早く作ってよ」
「何故私が…?」
思った事が全部口から出てしまった。
彼は鼻で笑い
「いや、女でしょ?」
そう言われて、とっさに浮かんだのは湘南乃風の
「おいしいパスタ作ったお前」
であった。
私の知らない間に「初対面の男性には麺類を作らねばならぬ」という法律が出来たのかもしれない。
申し訳ないが私は
「おいしい焼きそば作ったお前」
になるつもりはない。
しかしこちらとしても、この状況で角を立てずに断る程の対人スキルは持ち合わせておらず、アンサーを返せない自分を呪った。
やはり日頃から教養を高めておかないと、いざという時こうやってカップやきそばを作らされる羽目になるのだ。
日清やきそばUFOにお湯を入れていると、更に彼は続けた。
私の姉は遺伝子の悪戯により私と全く似ていない美人な人なのだが、彼は妹である私の容姿に大変がっかりしたと語った。
一見穏やかに見える昼休みだったが、もう私の脳内では宇宙戦争が勃発し、怒りの揚げ玉ボンバーが炸裂していた。
そうして完成した焼きそばを渡すと、突然スタッフルームに彼の悲鳴が響き渡った。
驚いて視線を向けると湯切りが不十分だったらしく麺が薄いソースの汁に浸かり、そこにはやきそばでもラーメンでもない不気味な地獄の麺類が存在していた。
私ならば1000円もらっても食べたくはない。
神に誓うが決してわざとではない。
持ち前の不器用さと注意散漫さが、悲劇のケミストリーを生んだだけなのだ。
出来る事ならば今すぐ私をUFOに乗せて、遠くへ連れ去って頂きたい。
世話をしてもらって当然、と信じて疑わなかったであろう「女」という存在が今、彼を苦しめている。
彼は死んだ魚の目をしながら力なく
「もういいよ…」
と呟き、悲しそうに麺をすすった。
こんなにひどい目にあっても怒らなかった彼はもしかしたらいい人なのかもしれない。
後日、姉を経由して
「お前の妹、やべえな」
とのお言葉を頂戴し、先輩はもう誰にもカップやきそばの調理を頼む事はなくなった。
この件によって彼の女性観のアップデートに少しでも貢献出来たのならば、幸いである。
【執筆】
もるた