教祖仮面

「教祖仮面」の成り立ちとその未来について

タイトル:ハートの絵文字

※本人の楽曲を聴きながらインタビューを読めます

脚立のファンタジスタ、人は彼をそう呼びます。
「目的は一体何であるのか」「どの層に向けた演出なのか」そういった細かいことをすべて忘れさせ、ただ人々を喜びへと誘う教祖仮面さん。今回のインタビューでその心のうちに迫ってみましたが、余計に謎は深まり、教祖仮面さんの魅力をただ感じる結果となりました。

大人の恋を経て出会った松任谷由実の音楽、そして、パフォーマンスで使用している脚立についてもお話を伺っています。そのトピックの”独特さ”も併せてお楽しみください。

「クセになる」を体現している教祖仮面さんにまずは近づいてみましょう。

『やっぱり大事だなって。それが強烈で、最近一番はっきりと感じていて』

<インタビュー>

1.なぜ音楽をやっているのですか?

教祖仮面:なぜというか、「ああ、音楽って大事なんだな」と思ったことがあって。東日本大震災の時、確か地震が起きたのが金曜日で、次の土日に仕事もなくて、ずーっと家で、延々とラジオを聴いて悶々としていた。

死んだ人の情報とかばっかりだった。
月曜日の朝、ラジオをつけっぱなしにしていたら、朝のジングルのようなものが流れて、やっとこの三日間で、三日目で音楽が流れたって。やっぱり大事だなって。それが強烈で、最近一番はっきりと感じていて。

なぜ音楽をやっているのですかと言ったら、辞める理由もないし。
ライブの時って本当に行きたくねぇって思うところがあって‥ないですか?そういうの。
「楽しみで楽しみで仕方ないです」ああいうの信じられなくて(笑)
羨ましいですね。

-(笑)

教祖仮面:それでも、やっちゃう。行けば絶対楽しい。後からの質問に繋がるかもしれないけど、何かしら触れていないとダメなのかなと思う。ずっと音楽を聴くタイプじゃないけど、どこかで触れるか関わるか、そんな感じです。

-ライブの本数も、多いと月に10数本やられてますよね?

教祖仮面:これからはそういうのやめます。減らしていこう、減らしていこうと。せっかく、人から呼んでもらっているのに、「この日も、この日も」‥と行っちゃうとそれも何か悪いなと常に思っている。「この日はこれこれだからいいか」とかそういうのは全然ないからさ。オファーが来たものに関しては、全力でやることはやります。

『「ハートの絵文字」だとモータウンのプリセットにしてましたね』

2.創作の方法について教えて下さい

-教祖仮面さんはトラックを作られていて、それを流しながらパフォーマンスをされていますよね。

教祖仮面:現物を持ってきました。*YAMAHA QY100。作りかけの曲がいっぱい入っている。

*YAMAHA QY100…音源、伴奏パターン、シーケンス機能を内蔵し、1台で作曲可能なモバイルシーケンサー。

-これいつもライブで使われている機材ですか?

教祖仮面:そうそう。これで何をやるかといったら、メロディを思いつくじゃないですか。一部分が思い浮かんで、そこからポンポンポンポン、と。続きが生まれる時もあれば、無理矢理に膨らませる時もあるし。

メロディが出てきたら忘れないように、ボイスメモとかで録っておく。
QY100が手元にあれば鍵盤でメロディを打ち込めるので、それで記録します。

コード進行とパターンは打ち込めるので、どんどんとくっつけたり、伸ばしたり、逆に縮めたり、改変します。
これは、アホな感じの曲です。(一同、曲を視聴中)

このQY100にはパターンが内臓されていて、ミクスチャーなど、プリセットが120何通りあります。
「ハートの絵文字」だとモータウンのプリセットにしてましたね。この辺りはQY100のマニュアルをみればわかりますが、キーも変えられたりします。

ドラムとか鍵盤は全くわからないので、QY100の出来合いのものを使っていますね。

-プリセットを使っているからこそ、教祖さんのあの世界観が出るんですね。

教祖仮面:QY100でコードを変え過ぎると明らかに変な箇所がある。それは自分で修正しています。

-この一台で完結しているんですか?

教祖仮面:小さい鍵盤だけだと腱鞘炎になっちゃうから、面倒くさい時はMIDIで使う外付けのキーボードを使います。

-この1台で何曲ぐらい入っているんですか?

教祖仮面:厳密にはこれ1台だと、メモリの容量的に5,6曲が限界です。スマートメディアがあって、それに入れている。

–いつ頃から使われているんですか?

教祖仮面:教祖仮面ありきですね。教祖仮面をやるとなって、弾き語りはやめようって。周りの人間が想像もつかないことをやろうと考えてると、QY100があった。
QY100って、1990年代後半の機材で、元々ギタリストが自主練とかデモ録りをやったりするものです。

-「シールドを挿しながら、クリックを鳴らして使う」といった感じですか?

教祖仮面:ギターのインプットがついていて、今言ったような使い方が本当は合っていて。ただ、音色もたくさん入っているんで、大抵のことはできます。丈夫だし。

-結構タフな使い方をされてますよね。

教祖仮面:昔の機械って「丈夫だな」と思いますね。

-教祖仮面として、持ち曲は何曲ぐらいなんですか?

教祖仮面:前に10曲入りのCD-Rを配ったことがあって、それから少し増えましたが、まだ、11,12曲ですね。今、*ワンマンに向けて増やしているところですね。

-ワンマンでは新曲も聴けるんですね。

*ワンマンライブ…2019年9月1日(日)に開催された教祖仮面単独公演「脚立の夜の夢 リターンズ~COBALT LADDER~」。

教祖仮面:なんとか形にしようと思っていて。最悪パターンの上げ下げだけにしようかなと(笑)
ただ、うまく編集しないとちょっとおかしいのかも。自分の思い描いたサウンドからかけ離れていってしまう。
QY100に支配されて出来ている曲が結構あるけど、これの音に則ってやった方がいいなと思うこともあるし。

-「メロディが先か歌詞が先か」という質問がよくあると思うんですが、教祖さんの場合はどちらですか?

教祖仮面:圧倒的にメロディですね。歌詞付きのメロディで、ドンと降りてきて、そこから増やしていく感じ。
まず、メロディから作っていく。「オケを作らなきゃいけない」という頭があるからサビを作るみたいな感じですね。
とりあえず歌詞は後でいいや、と。

-歌詞のテーマはその時々ですか?

教祖仮面:その時々です。
「ハートの絵文字」で言うと、とある交差点でハートの絵文字をよこしたオナゴのことが思い浮かび、「ハートの絵文字が逮捕状だとは知らずに」と出てきました。何これ、面白いって。

その頃ちょうど、冷たくなってきていて。「絵文字なんて、」となっていた時期。
この曲はそこからどんどんポンポンと続きが出てきた。
後は、「こういうコード展開にしたら面白いかも」という、ちょっとやらしい気持ちが入っている曲もある。

ユーミンを聴いていると気づいたんです。
2小節ごとの歌メロの音符があるんですが、その2小節目の終わりから3小節目のはじめの音符が繋がっていると。
例えば「ひこうき雲」とかですね。メロディラインに困った時はその手法でやる。自分で考えているものと違い、思いもよらぬ進行ができたりする。

『ジム・モリソンになりたかった。‥けど、教祖仮面になってしまった』

3.好きなアーティスト、憧れのアーティストを教えて下さい

-さっきの話とかぶりますが、好きなアーティストは誰でしょうか?

教祖仮面:松任谷由実大先生なんですけど、「憧れているか」というと、そうではないのかもしれない。「二子玉川で犬飼って豪邸に住む」とか、そういうものには憧れない。

-松任谷由実はいつ頃から聴かれるようになったんですか?

教祖仮面:この際だから言っちゃいますけど、不倫を持ちかけられたことがあって。
絶対これ面倒くさいことになると思っていたら、その相手からユーミンの「*シャングリラ」に誘われて。
「横浜アリーナに一緒に行きましょう」と言われました。

*シャングリラ…YUMING SPECTACLE SHANGRILA(ユーミン スペクタクル シャングリラ)。ユーミンが1999年、2003年、2007年に開催した、コンサートとサーカス、シンクロナイズドスイミングショーなどが融合したエンターテインメントショー。

「J-POPなんてクソだ」ぐらいの勢いで、洋楽ばかり聴いていたんですが、「せっかくだから予習しとくか」となり、バラードのベストを買いました。
結局、その中から、一曲ぐらいしかやらなくて、全然知らない曲ばっかりだと思って。それでも、コンサートはすごい良くて。

知らない曲ばかりだから、洗いざらい聴こうと思って。
その日の夜にネットでセットリストを拾うと全部で18曲ぐらいあって、ほとんど全部違うアルバムからでした。「これは大変だ」と。

揃えているうちにどっぷりとはまって、千秋楽に自力で行った。
千秋楽の時はもう、なんなら全部一緒に歌えるぐらい。人妻は割とどうでも良くなっていて、とりあえず、こういう誘いには乗っとくものだなと。

-いつ頃のお話ですか?

教祖仮面:不倫持ちかけ話が10何年前で、その時、田舎の同窓会があってそこで持ちかけてきたのは同級生。一時、やや一悶着あった、子供も二人いて。
その田舎はそういう事をすると、破門沙汰とかになっちゃうぐらいのところでこれは怖いなと。「関東に来る用事があるから」と言われて、なんだそれって。でも、せっかくだからアリーナ行こうって。

80年代に多感な時期を過ごしていて、あの頃はテレビの主題歌やらが嫌でも耳に入っていた。
そういうものがアリーナで呼び覚まされたのかもしれない。

-当時はそういう意識はなかったってことですか?

教祖仮面:全然ない。普通に。

-ユーミンを聴くまでは結構洋楽が多かったんですか?

教祖仮面:元々、ビートルズやビリー・ジョエルとかを聴いていました。
大学でバンドサークルに入って、ちょうどその頃にニルヴァーナが出てきたけど、あまり関心がなくてピンとこなかった。
ソニック・ユースとかは好きだった。それから、ニール・ヤングやドアーズを聴くようになっていました。

ちょうど映画でドアーズをやっていて、映画は見ていないんですけど、友達の家でサントラを聴いたら衝撃を受けて。
ジム・モリソンになりたかった。‥けど、教祖仮面になってしまった(笑)
気づいたら脚立の上。

オジー・オズボーンと似たようなものですよ。「俺はレノンやマッカトニーになりたかったけど、オジー・オズボーンだ」と。

その辺りで、ニルヴァーナとかグランジの人が出てきて「ギターって、そんなにちゃんと弾かなくていいんだ」となりましたね。そのちょっと前はブラック・クロウズを聴いていて、ちゃんと弾ける人じゃないとダメなのかと思っていたのに。

-バンドサークルではギタリストとしてやられていたんですか?

教祖仮面:そうですね、ギターを習いたくて。ギター、弾けるようになりたいなあって。

-大学から東京にいらっしゃるんですか?

教祖仮面:厳密に言うと予備校から。河合塾。東北沢だったけど練馬の寮から通っていました。

-地元は確か熊本でしたよね。

教祖仮面:そうですね。向こうで浪人したら「いつまで経っても大学に行けない」と周りが判断して関東に行くことに。


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