葛原りょう

構成する9つの作品


1.デミアン
 葛原りょう青春時代を一番支えてくれたのが、読書だった。自分は何者なのか?自分は世界にとって必要とされているのか?この問いかけは今もなお継続中であるが、少なくとも、自分は詩人であった。それ以外の何者でもなかったと、気がつかせてくれたのが本書である。高橋健二訳をお薦めする。じつに音楽性溢れる文体、悩める魂を鎮めてくれるこの混迷とした現代に欠かせぬ私小説である。
「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。後略」

2.イル・ポスティーノ
 貧しい郵便夫が、チリの亡命詩人パブロ・ネルーダとの邂逅により、詩に目覚め、党大会で拙いながら詩の朗読をしようとして共産主義の潮流の大衆に下敷きとなって死んでしまう話しであるが、郵便夫マリオ役の役者マッシモは、この映画が実現される前にロケ中に倒れ、心臓病で病死してしまう。役者魂に圧倒されること間違いない。
 特に郵便夫が海岸を歩き、自然の音を一つ一つ録音機に収録してゆく姿は美の極みであった。詩人になりたいと憧れるマリオに「入り江に向かい、ゆっくりと歩きなさい」と応えるネルーダ。「詩は必要とする者のためにあゆもの」とは詩に目覚めたマリオが放った言葉だ。詩人として生きる若者に限りないエールを与えてくれる白眉のイタリア映画である。アカデミー賞ノミネート作品。

3.楽園の子等
 15、6歳の葛原はとかく、夢見がち、空想に生きる青年だった。学校を小2から不登校をし、まともに学生生活を送れなかった筆者は、やがて、武者小路実篤提唱の農村共同体「新しき村」の門を叩き、18歳にして入村したきっかけとなった一連の武者小路実篤文学の、人生に悩む悩む若者に無類の愛情と希望を与えた一書である。とても、読み易いので、読書嫌いな若者にもお薦めする。古書で、まだ入手可能である。理想の生活とは?理想の生き方とは?明確に応えてくれるのが本書である。武者小路実篤はの代表作は「友情」「愛と死」、そして数々の詩集である。こちらも併せて読書をお薦めする。

4.風の谷のナウシカ
 だれもが知っているかもしれぬが、ジブリのアニメーション映画も素晴らしいが、原作の圧巻たるや、もう、葛原息を呑むばかりのナウシカの苦難の道、名もなき英雄叙事詩としても、民族問題、環境問題、宗教問題としても、不朽の位置を占めている。ナウシカの最後の言葉「生きねば」に込められた微かな、希望は映画最終シーンの深海の双葉のシーンと重なる。命とは?の根源を、DNAレベルで作り変えられてしまった人類の生き延びる道を示せるか否か、大いなる虚無との戦いの記録でもある。宮崎駿は一切のアシスタント無しで手描きで描き上げた全7巻の一大スペクトラムである。すべての日本人必携の書。

5.ペスト
 こちらは近年、地球規模で、疫病大流行のパンデミックで世を恐怖のどん底に叩き落とし、多くの尊い人命を奪ったコロナが記憶に新しいが、ある一都市の、ペストにより完全に都市封鎖した街で生きる人々を、様々な職業の一人一人にスポットライトを当てて、結末へと至る、ある生きものたちの凄絶な記録集である。だれしもが突然、逃げられぬ窮地に立たされたとき、どういう選択を取るか、運命、という神の気まぐれなる所作の下、右往左往するしかない人間の緊迫感溢れるルポルタージュである。君は生き延びることができるか??今もなお、日本政府が公表していないだけでコロナは継続中である。そして、また、いつ、突然変異で大きな災厄が生まれるかも知れない現代に於いて、やはり強く、一読をお願いしたい。

6.鈴木先生
 ここでドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟を薦めようと思ったが、周知過ぎる名作なので、避けよう。葛原が密かに熱烈に敬愛している漫画作家に武富健治さんが居る。この方のまさに、日本でも映画化され、ドラマ化もされた初期代表作である「鈴木先生」を現代令和に生きる若者に捧げたい。あらゆる文学、演劇手法を駆使して、構成される全11巻の学園ヒューマン群像劇である。緻密な台詞。時として狂おしいまで熱情溢れるペン画の筆致、熱量過多はドストエフスキー手法に依る。一読、脳内のアドレナリンが放出しまくりの、ランナーズハイ状態になるであろう。近年のスナック菓子のような映画、アニメ、小説、詩歌の対極にある学園モノの傑作である。特に後半、武田泰淳「ひかりごけ」や夏祭りを経ての鈴木先生裁判に刮目せよ!!痺れること間違いなし!!

7.街の灯
 ただ単純に感動したい!時間を忘れたい!というせっかちな方には、こちら!!
 チャップリン映画ではみなさん「ライムライト」など挙げるかと思うのですが、葛原はサイレント映画のこちらがお薦めです!大恐慌の煽りを受けて、フーテンをしているチャーリーと、盲目の花売りの物語。冒頭のシーンと最後のシーンが、際立つまさにハイネの詩を彷彿とさせる愛に満ち溢れた景色に吐息連続の葛原であった。あの時、なけなしの金で花を一輪求めたチャーリー、貧困極まる花売りの運命の結末を見届けてほしい。チャーリーの涙する泣き笑いが圧巻。ボクシングシーンなど、コメディ要素もありつつ、86分のトーキー以前の名作である。映画とはこのようなものであるという代名詞。どんな生き方にも誇りを持つことができるであろう。サイレント独特の紙芝居的なセリフまわしも見ものである。現代詩人の詩精神はほぼ壊滅的に死んでいるような気がしてならない、不感症なる現代の病にとても有効なワクチンになる作品だ。

8.日本が見えない
 戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ/遠い他国で ひょんと死ぬるや/こいびとの眼や/ひょんと消ゆるや/大君のため/死んでしまうや/その心や/(途中中略込み)

 私は死の擬音を「ひょんと」と形容した詩に戦慄を覚えた。スローガンでもアジテーションでもない、百姓の詩であり、死である。漫画を描き、小説を書き、宮沢賢治のパロディも書いたりした作者は詩人立原道造より若く戦死している。いま日本を取り囲む平和の実態は、麻の如くにすぐに千切れることであろう、ウクライナ、ロシア戦争、台湾有事、みな日本のすぐお隣の話しである。ぜひ、この一巻に込められた普通ならば長生きして、日本人として平和を謳歌できたであろう作者の表現の粋の数々を全身で浴びてほしい。特に、やはり、若者から私たち国を担う40代50代に読んでもらいたいのである。

9. 野獣死すべし
 最後に挙げたいものは、と指折り、私は、松田優作怪演鬼演の一作を挙げたい。この主演を演じるにあたって、松田優作は奥歯4本を抜いて、顔面蒼白の生きながらに死人の表情を獲得している。各出演者の役者魂の神髄も随所に見られて、じつに、緊迫感ある叙情的でハードボイルドでクールな作品なのだ。こんな映画、いまの腑抜けの映画監督たちには作れまい。と簡単に私は言っているのではない、構図も、ストーリーも、セリフ一つ一つも、吟味され尽くし、且つ、戦後のだらけた日本を撃ち抜く反逆の映画なのだ。倫理問題も孕む。問題提起が山ほどあるなか、狂気の松田優作をたっぷり堪能してもらいたいのだ。詩人に限らず、すべての表現に関わるものの階の極みを体験して欲しいのだ。見終わって心に深い傷が残ったら、私はその傷に一切の希望を見る。私が言える必見の映画とはこの映画のことである。私の俳句の師である角川春樹監督の手がけた作品でもある。以上、9つ挙げて、まだご紹介したい作品はあるけど、それは後日に譲りりつつ。皆さんの今後のご活躍を祈念します。ありがとう。



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