第1話

ブログはじめました記事

『「ブログはじめました」は「ブログ終わります」と同じ意味である。』
ブログには必ず「はじめました記事」が存在する。とてもやる気ない状態でこの記事は書かないだろう、熱量の高いものが多い。だが悲しいことに多くは、「ブログはじめました記事」の後、二つ三つ記事を更新してストップしてしまう。このやる気満々の一つ目の記事からの急降下に関して、大学生のブログで特に早い落下速度が観測される。
それは意識の高さと、何かやってみたい好奇心、持て余した時間など彼らを取り巻く環境が理由とみられる。今や大学生にとって「ブログ書きたい」は、「一日中YOUTUBE見てゴロゴロしたい」「カンボジアに学校建てたい」に並ぶ三大欲求となっている。

さて、この「ブログはじめました記事」が他の媒体では見られない独特な魅力が存在する。心惹かれるブログ記事が必ずしも文才溢れるものに限るわけではないように、彼らのやる気エンジンの空回転は読み手の怖いもの見たさを刺激する。
 
『はじめましてブログの魅力とは』
彼らがブログ内でしきりに語る、あるフレーズがある。
「しがない大学生の徒然なる日常を綴っていければなと思います」
この「徒然なる」と「綴る」という二つの言葉から、抜け感のある雰囲気で書くスタンスを目指そうとしているのが読み取れる。このスタンスと更新率の低さという相反するモノが同時に存在するブログという亜空間。非常に興味深い。

彼らは0から勝手に「更新頑張ります」と約束してくる。そして勝手に約束しながらも、記事の更新に対する「お待たせしました」感。微妙な書き手と読み手という距離感と、更新に対する謎の義務感じみたものが、こちらとしては「ん?」って顔をしてしまいそうになる。しかし分かりきったこのスカスカの約束はどこか愛しい。誰に誓ってるのかも分からない、俺は彼らの明後日に向いた矢印をにこにこ眺めていたい。
 
『早すぎたはじめしター』
早熟なはじめましターは、入学前に「せっかく大学生になるので」と早々にブログを始めたものの、二、三記事更新後、三月中に早々に停止する。非常に意識の高いはじめましターである。高校生から大学生になる僅かな何者でもない時間を切り取ってブログに残してくれたと思えば、これは貴重な資料である。是非、その子の大学の図書館に置いてあげたい。
 
『前日譚が大好きなはじめましター』
序盤に大学生の自分のこれまでの経緯を書きすぎて、続かないパターンも珍しくない。同日に三記事更新し、一週間後一度更新するも停止なんてザラである。一つの傾向として「はじめした記事」の次に、自分の好きな音楽を紹介するブログはめっぽう続かない。そのブログのエンディングソングといっても過言ではない。
また、浪人生はブログを始めたがる傾向がある。そしてブログ内で自分が浪人していた事への自虐と肯定を細々と繰り返す。自虐を取り入れる場合は、半年に一度の謎の更新頻度でとてもダラダラ存続させることが多い。
 
『綺麗なはじめましター』
また、そんな一つの流れとは逆の、潔いパターンも存在する。自分が京大に受かった理由を分析し、受験生にとって有意義な情報を流しながら自分も見つめなおす作業をし、成功した先である現行の大学生活について書きながらも、彼女が出来てブログやめる。文字通り充実して暇じゃなくなったので辞めたのである。はじめましターの中でも綺麗な例である。
 
『はじめましターのオムニバス・アルバム』
変化球な例では、文芸研究会のサークルリレーブログなどがある。リレー形式で進むが、サークルの人数からして一人一回の更新で一年持つので、ブログ自体には、はじめまして記事だけが並んでいる状態なのだ。
最初ゆえと他のメンバーとの関係的に、「自分は雑記で魅せるぜ」的な意欲。一回こっきりの渾身の徒然なる日常の連続に、小説を読んでるかのような密度である。このブログ書く一瞬のやる気の炎を灯し火のように聖火リレーしていくのは、とてもいいんじゃないかと思う。

 
『欲しがりません、やめるまでは』
一度「はじめました記事」魅力に取り憑かれてしまった自分は、モンテローザ系列の居酒屋のトイレで、みつをの名言を剥がしてバンド募集の張り紙みたいに「ブログ募集」を張り出したい気持ちだ。ブログはじめてみました。にんげんだもの。
「ブログはじめました記事」には、居酒屋で「とりあえず生っ、生で!」という彼らが確かにそこにいる。勢いのある「ブログはじめました」をもっと聞かせて欲しい。

「とりあえずブログっ、ブログで!」
 
第1話:ブログはじめました記事

【記録係】
伊藤晋毅


『観察庁24時』

第2話:ミテルだけ インタラクティブDVD〜これであなたも人見知り卒業です〜