ボウガイズ

『ボウガイズの希望あふれる背徳的理論』

タイトル:逃げるは恥だが役に立つ

※本人の楽曲を聞きながらインタビューを読めます

自らを「ボウガイズ」と名乗る潔いHIPHOPユニット。
ラッパー兼トラックメイカーのFAT-LEEさん、mu knee manさん。DJであり映像作家の橋本ハム太郎さん。
彼らは時にはユーモアを持って、またある時には哀愁を漂わせて、俗っぽさや欲望といった人間くさい部分を教えてくれます。

取材中、次々と話題が変わりアイデアが湧き出ます。
それぞれのアイデンティティが高速に回転しぶつかり合っていました。
“結成秘話”や”「し」問題”、さらには”見知らぬおじさんの調査”。
エピソードには事欠きません。

多才な彼らは社会で何を感じて、現在に至ったのでしょうか。
道徳に少しだけ背を向けた「ボウガイズ」の魅力を感じてみるのも一興です。

『ほんま止めようと思っても止めれない。これ、覚せい剤かラップくらい。』

1.なぜ音楽をやっているのですか?

mu knee man:音楽をやっている理由、でも、基本的には遊びなので、遊びの感じでやっています。

-趣味ですか。

mu knee man:趣味感覚で。

-売れようが売れまいが、それは趣味ですか?

mu knee man:売れようが売れまいが。みんなソーシャルゲームとか、やるじゃないですか。同じです。

FAT-LEE:課金する感覚で。

mu knee man:時間を費やして。
たとえば釣りとかも。釣竿とかお金かかるじゃないですか。それが僕の場合はレコーディングってだけで。

-釣竿代がレコーディング代、なるほどです。
始めた時から趣味感覚というのは変わらずにですか?

mu knee man:もともとガラケーからi Phoneに買い換えて、そしたらGarageBandが入っていて。それで遊んでいた延長で、ここまで来たんで。

FAT-LEE:めっちゃ、現代の風雲児みたいな話(笑)。なんやねんお前。

mu knee man:そうですね、だから最初にトラック作りから入って、その後にラップを。

-最初からヒップホップを聴いていたのですか?

mu knee man:姉貴が友達から借りてきたやつが家で流れていたのを聴いていた感じですね。
銀杏ボーイズとか。バンドが流行っていたから。

FAT-LEE:バンドはいつでも流行っているけどな。

mu knee man:それでバンドものを聴くようになって。特に激しい系。激しい系の音楽を、CD借りて聴くようになった。
コーンとか。あとはスリップノットとか、ミクスチャーってやつ。日本のは、その当時はあんまり聴いていなかった。

橋本ハム太郎:あの話は?ラップをしようと思ったきっかけ。TBSラジオの話。

mu knee man:大学生の時に菊池成孔のTBSラジオを聴いてて。『粋な夜電波』っていう。それを聴いて、自分もやってみたいなって。
そのラジオ番組の中で講座っていうか、ラップの解説回があって。
それで、フロウっていうものを解説してて。韻踏むだけじゃないんだなって。

-ちなみにフロウについてどういう解説していたか、覚えていますか?

mu knee man:フロウっていうのは訛りなんだ、言葉がつんのめるんだ、「それがフロウだ」みたいなことを。詳しくは憶えていないけど。
で、自分もやってみようって。普段の言葉遣いじゃなくて、もうちょっと訛った感じで言うのって面白いな。

橋本ハム太郎:ほんと、すごい珍しいラッパーですよね。菊池成孔経由でラップ始めたやつってあんまりいないと思う。

*「瑞穂の国記念小学院前にて」

-それではFAT-LEEさんは?

FAT-LEE:病気みたいなもんですよね、こんなもん。病気みたいなもんですよ。
一回ね、辞めようと思ったというわけじゃないけど、彼とボウガイズを組む前、「ゆとりFUN GROOVE」っていうユニットをやってたんですけど、それもう10年ぐらいやってて。
「ノルマ20」みたいなノルマ地獄にも耐え、高校、大学とやっていたんですけど。
僕、大学卒業後に就職をしまして。北九州に配属になったんですよ。別に北九州に縁もゆかりもなくて、1人で行って、同期もいなくて。
それで、解散しているわけじゃないけども、メンバーとも離れ離れになって、曲も作らないしライブもないし。
なんとなく終わったのかなと思いながら、でも、どうかなと思って過ごしてたんですけど。
そしたらすごい会社からパワハラを受けまして。新卒の僕は打ちのめされたわけですよ。
もう、ムカついてきて、ラップでもするかと。

-社会的なリリックが多いですが、そういったところから来ているんですね。

FAT-LEE:もう、殺したろって。いつか殺してやるって。病気みたいなもんです。
発散といえば発散かもしれないですね。なんか、やらなあかんなと。
やっぱりやらんとね。今日も取材いただいて、そんな機会もないわけですよ。何もやってないと。

-なるほど。

FAT-LEE:インタビューとかじゃなくても、自分の思っていることを共有する場すら、これはほぼないに等しい、音楽をやっていなければ。
だから音楽の現場っていうのは、みんな自分の思っていることをやるわけじゃないですか。
それはメッセージであり、音楽のスタイルでもあるけれど。なんか自己表現みたいなのやっているわけでしょ。
そういう人たちとつるむし、自分もやるし。そういうのがなくなると、人間ダメですよ。

-そういう視点なんですね。

FAT-LEE:だから、病気みたいなもんですよ。ほんま止めようと思っても止めれない。これ、覚せい剤かラップくらい。

*「加計学園前にて」

-それでは続いては橋本ハム太郎さんですが。

橋本ハム太郎:僕がDJとかしてるのは、暇やから。

-音楽しかり、映像しかり、ハム太郎さんの行動の原理は基本的に「暇だから」ですか?

橋本ハム太郎:そうですね、基本的に暇なんで。僕は別に社会に対してなにか物を言いたいとかないし。
だからほんま、たまたま大学が(FAT-LEEと)一緒で。
大学の時は全然音楽と関係のないサークルをやっていたんですけど、サブカルチャー研究会っていう。
そのサークルにFAT-LEEも遊びに来てて。
ほんで大学生の時もやることないから。それでゆとり FUN GROOVEのPVを手伝ったり。

FAT-LEE:ひとりぼっちコンドームという曲ですね。

橋本ハム太郎:でもそん時は単発でPV作っただけで。もちろん友達やったからライブとかは見に行ってましたけどね。
それで大学卒業してから、名古屋とか香川とか全国を転々としてから、ぼくも東京に上京してきて。
その時には既にゆとり FUN GROOVEが東京で活動していて。でも活動っていっても全然曲も作らんし。
なんかうだうだ言うてたんで、「じゃあCD作ろうぜ」って提案して。そこから気付いたらマネージャーになってDJになった。

-そこからDJを始めたんですか?

橋本ハム太郎:元々は映像なんで。
最近は映像も作るDJの人みたいな扱いになってるんですけど、DJもする映像の人、ほんまは。
順番は映像の方が先なんですよ。

-映像には情熱があったんですか?

橋本ハム太郎:まあ好きだったんで。

FAT-LEE:彼は学生時代に自主映画なんかも撮ってましたからね。
「なんで音楽をやっているのか」って質問に立ち返ると、これを言ったら身も蓋もないけど、やってまうやつはやる。
結局そうじゃないですか。映画見てても、音楽聴いてても。「ああ、良いわ」と言ってリスナーのまま。別に悪いとかじゃなくて。
やってまうって奴は何か病気なんですよ。そういう病気の人たちが集まった。
だから、たぶんね、ナオト・インティライミとかも金儲けを考えているわけではないと僕は思いますよ。
例えばね、例えばナオト・インティライミも、始めはただやりたくてやっていて、ちょっとお金を儲けたんだと思います。

-なるほど。ボウガイズさんもお金儲けの為とかではないんですね。

橋本ハム太郎:それやったらYoutuberとかの方がよっぽどね。

mu knee man:敷居が低いんで。楽譜読めない、楽器も弾けない。歌もそんなにうまくないけど、ラップなら。できるかなって。

FAT-LEE:そうは言っているけれど、君は歌を作っていたんじゃない。
風呂掃除をしながら作った歌をここで入れといてくれよ。

mu knee man:「21$」という最初に作った曲です。
「がんばって がんばって がんばり過ぎても たったの21ドル♩
 がんばって がんばって がんばり過ぎても たったの21ドル♩」

FAT-LEE:これはいつ作ったん?

mu knee man:小2。

FAT-LEE:小2で風呂掃除しながら、これ歌ってるやつ、マジ病気じゃないですか。

mu knee man:当時は結構オリジナルの歌を作っては歌ってましたね。「21$」しか覚えていないけど。

橋本ハム太郎:俺も小学生の時、小説ばっか書いてた。なんか作っちゃうっていうのは、やっぱあるんでしょうね。

FAT-LEE:これはでも、二分しますよ、人を。なかなかやらん人はやりませんもん。

mu knee man:落ち着きがない子がやるのかも。

FAT-LEE:そうかもしれん。俺も多動って言われるもん。

橋本ハム太郎:ただ、創作こそがすなわち人生です、みたいに喋っている割には創作ペースはすごい遅いです。
我々は多作では決してない(笑)

-絶妙ですね。

橋本ハム太郎:気分が乗ったら作るだけです。

*「R Loungeにて」


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