『本屋をやっている理由のひとつは、そのダークサイドに落ちる前に手を差し伸べておきたい』
3.好きな作家を教えて下さい
関口竜平:「この人が大好きだ!」みたいな人が実はあんまりいなくて……。世間一般的に言われる好きの度合いに対して自分の好きは薄いんですよ。好きなアイドルがいないタイプで、熱中してドーンとなったことが一回もない。ぶっちゃけると好きなサッカー選手もいなかったんですよ(笑)
関口竜平:この人のプレイは参考になるという経験はあったんだけど、「ユニフォームを必ず買う」とか「サインが欲しい……」とか全然ならなかった。だから本屋として致命的なんですよね。基本的にサインをもらい忘れるのでビジネス的に考えたらサイン入りの本があった方がいいんだけど、著者さんが帰った後に「また忘れたなぁ」って(笑)
本に関わる仕事をしている人たちの中で、量も読んでいない側に入っていると思います。文芸作品がガチで好きな人はずっと読んでいるんですよ。プルーフ本も含めて、「いつ読んでいるんですか、ちゃんと寝ていますか?」みたいな(笑)
関口竜平:わかりやすいところからいくと、こだま*8さん。こだまさんの単行本が出たのが、修士2年の終わりの頃かな。話題になっていたので気になって読んだんですけど、この本は自分が本屋をやるなら面陳だと。考え方の軸になる本だとも思っていたんですよね。せっかくだからと思ってバイト先のチェーン書店で大きく展開とかしていたら、ご本人が見つけてくれてそこからやりとりが始めりました。今は、この人のおかげで売り上げが成り立っているといっても過言ではないくらいのありがたい関係性になっています。
この本は lighthouse の考え方のひとつを提示してくれています。あと、このタイトルじゃないといけなかった理由は読むとおのずと分かります。こだまさんはデビュー作でいきなり重い部分を吐きだして、その後のエッセイはどんどんと軽くなっていくんですよ。書くことによって浄化していくことも含めていいなと思っています。
関口竜平:世間が言ってくる”普通”というもの、「普通じゃないといけない」と思い込む苦しみを描いている。そこからいかに逃れていくかという内容です。誰しもがあると思うんですけど、自分も就活やサッカーをしている時に周りの目を気にしてしまって、本当はやりたかったことができなかった。
そういう本来なら縛られる必要がない部分をきちんと言ってくれている。それは本屋の役割のひとつでもあると思っています。周りから「変だ」と言われるのが辛いし、もしかしたら実際にも変なのかもしれないけど、「それでもいいんだよね」と思うための本です。
関口竜平:その流れで考えるとヤマシタトモコ*9さんの『違国日記』も面白いです。この本の2話目がすごいんですよ。あるフレーズがとてもよくて、それだけで置いておこうとなりましたね。そういうワンシーンがある本です。
関口竜平:そうですね。”灯台”を店名にしようとしたのも、表現物に触れてそこから何かを感じ取る体験は光に近いと思っているからです。
これは店名の由来にもなっている本ですね。ちょっと不思議な書き方をしている小説です。外国文学だけどすごい読みやすいし、非常に美しい。お客さんが「外国文学を読みたいんですけど……」と大雑把に尋ねてきたら大体これを渡してますね。
これは修士論文のテーマとして選んだ『一九八四年』。自分が大学の2年生頃に新訳版が出ていて、WEB記事かなんかで「イギリス人が本当は読んだことがないのに読んだ」と嘘をついてしまう名作ランキングの上位にランクインしていました(笑)
それを目にしていて、気になって読んでみたんですけど、当時は全然意味がわからなくて難しかった。だけどなにか頭に残っていて、「この本をもう一度読みたい」と思ったんですよね。
暴力による支配など醜い権力欲をテーマにした暗い話なんですけど、「なぜ、自分はこういうテーマに関心があるのか」と考えてみたんですよ。ひとつ思いうかんだのは、高校の部活の上下関係が理不尽で、サッカーをしにいったのにサッカーをやらせてもらえなくて、1年生は練習に参加させてもらえなかった。そういったある種の支配をされて、そこに悔しさがあって「こんなのは良くない」と思いながら部活を去って行きました。反権力に自然と興味が湧いたのは、その経験があるだろうなと。
関口竜平:だからこの本は手に取るべくして取ったんだと思います。修士論文ではこの本を軸にファシズムなどのテーマと絡めて書こうとなった。文学部の英文学科の論文なんだけど、ナショナリズムやファシズム、ヒトラーに関する本ばかりを読んでいた。おかげで文学部っぽくない論文を書くハメになってしまいました(笑)
でもその読書の経験がこの本屋のもうひとつの軸である反差別・反ヘイトの素地を作ったので、暗い2年間を過ごしてよかったです。
関口竜平:サッカー部の先輩をみていて思ったのは、やっぱり恐怖と嫉妬だなと。その高校は弱くはないけど強豪校というわけでもなく、県のベスト32あたりをうろうろしているくらいで、中学の部活ではうまいとされていた人はいるんだろうけど、ガチガチの強豪校には入れない人がメインだったんですね。
そこに部活ではないクラブチームからくるとなると、やっぱり怖かったんだろうなと。
そうですね。あとは、クラブチーム出身者がサッカーに対して真摯に向き合っているのを見て「こいつは本気だ」と理解する。そして、本気になれない自分に気がつくのか、恐怖や嫉妬をうまく昇華できずに邪魔をしてみたり、負の感情に進んでいくんですよね。
そうなると、自分が変わるために頑張る必要もないので、「自分が練習を頑張ろう」より「こいつの邪魔をしてやろう」という方が楽なんだろうなと。
関口竜平:自分よりうまいやつがいて負けたくない時に、自分を高めようではなく相手を下げようという心の弱さが出る。そのときに、権力が悪用される。ヘイトスピーチや差別の根源もそんなところにあると思っています。
関口竜平:ダークサイドに落ちることを防ぐ。そこに落ちないために本を読んだり音楽を聴いたりということがあると思うんですよ。本屋をやっている理由のひとつは、そのダークサイドに落ちる前に手を差し伸べておきたいというもの。落ちちゃったら正直戻すのは大変なので。
その弱い部分は誰の中にもあると思うんですよね。自分の中にもあるしそこと向き合うことは大変だとわかるので、どうにか引っ張りあげたいですね。
この本は映画から入ったんですよね。映画の公開はちょうど修士論文が終わる時期でしたね。すごい話題になっていたから軽い気持ちで観に行ったんですけど、すごい良くてちょっと待ってくれと(笑)
この本において、右手で絵を描く行為はすずさんの「想像の世界」を描くためのものなんです。「そこがキーになっている」という解説がされている本を読んだ時に、『一九八四年』とリンクしちゃったんですよ。ユートピアやディストピアの世界観とリンクして、これを絡めた論文を急遽書いちゃうぐらいハマりました。一万字くらいならこれで書ける!って(笑)
関口竜平:表現方法も面白いし映画の作り込みも良くて、そういう意味では映画から入って正解だったと思っています。そのうえでマンガ(原作)を読むと、なおさら理解が深まる。なのでお店には常備してます。
Moment Joon*10 さんを知ったのは、この本を担当している岩波の編集の人が「関口君は絶対 Moment Joon 好きだから聴いてくれ」と言ってくれたところからですね。で、曲聴いたらやっぱり好きで、それから一年後くらいにこの本が出ました。反差別などの lighthouse の軸と重なる本ですね。
彼の曲のリリックで「自分にはいなかった大人になる」という箇所が好きですね。子どもの頃に守ってくれる大人がいなかったわけではないだろうけど、学生として日本に来て、在日という立場に置かれたときに、守ってくれる大人の数は足りていなかったのかなと。だから、「せめて、自分はそういう大人になるんだ」という意志を感じました。
関口竜平:そうですね。というより、彼に影響を受けたからこれを書いてます。なので、色々なところで紹介したり、自分で作っている文芸誌『灯台より*12』のあとがきで引用したりしています。
関口竜平:ああ、繋がっているのかもしれないですね。でも、こういった反差別などのテーマは別にしても、Moment Joon さんはそもそもの音楽表現のレベルが高いと思います。だからそこもちゃんと評価してお店に CD を置いています。
関口竜平:大学の時にはバンドサークルに入っていましたし、割と表現の根本は音楽にあるのかもしれないです。でも曲を作ろうとしたら、何も出てこなかったんですよ。びっくりするぐらい出てこなくて(笑)基礎知識がなかったので、「そりゃあ、そうだろ」と今ならわかるんですけど。
あと、小説も書けなかったですね。逆に論文やエッセイは書けるんです。たぶん多くの人が「表現物=フィクション」と思っている節があるじゃないですか。だから僕も作家=小説家というイメージがあったので、自分がやるなら大学生の時に作る人にはなれないと。それをサポートする側なんだと思いました。
そうですね。ジャンルや手法が違うだけで「表現」はしているんだなと後々気がつきました。
*8 こだま…主婦。’14年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。
*9 ヤマシタトモコ…日本の漫画家。主に青年誌で作品を執筆している。
*10 Moment Joon…2010年に留学生として来日した大阪を拠点に活動する韓国出身のラッパー。
*11 「かっこいい大人」について…lighthouseのホームページに掲載されている文章を指す。「他者を傷つけることなく自らを救うこと。自らの過ちと向き合い、乗り越えようとすること(抜粋)」。
*12 灯台より…店主の関口さんが刊行している文芸誌。該当の号は『特別号・怒りの火を、希望の灯へ』。