第22編

詩劇「いないる」


登場人物
男1 長身で、中也風の帽子を被って、一色の服をまとっている。
男2 中肉中背で、逡巡するようでアンバランスな服装をしている。
風景 観客へ伝えるべき情景を語るスクリーンの役割を果たす。実景だけではなく男1と男2の言葉以外を担う場合がある。

風景
皆様へ
私は風景であります
私は皆様の焦点
を合わせるためのフレーム
を象る
ほら
言葉はもう歩行をはじめている
だから

   男1
皆様へ
俺は男1です
携帯電話をマナーモードにしてください
俺は舞台上で詩の台本をもちます

   男2
皆様へ
私は男2といいます
舞台は間もなく静かな熱を帯びます
私は舞台上で詩の台本をもちます

   風景
私も舞台上で詩の台本をもちます
そしてそんな風景からの問いかけ
謎かけのQ あるいは
疑問符をどうぞ皆様のお傍に
では答えがあるのにない
寂しい問いかけ
「いないのにいるもの、なーんだ」

(沈黙を待つ。じっくり保つ。風景は観客へ聞こえるほど大きく深く呼吸して、読み始める)

   風景
とある二人が歩道を歩いている
男1と男2、と台本にはあるが
性別は規範的なものであり
男1と男2となった所以は
舞台には現れてはならないものの
個人的な経験が滲み出ている

   男1
私は女1でもよく

   男2
俺は無性のものでもよい

   風景
天候はよい
透きとおる青が途方もなく広がり
歩道には銀杏が正しく整列している
この正しさは正しいか──
私は観客にその選択を委ねる
黄金と青
美しさ
透明
灯る
伴う

(開演を告げるブザー音)

男1
あの雲
ちぎれそうだ
俺の長身で
俺の太く長い指で
ほら 焦点を合わせて
ほら 背などもう伸びなくても

男2
そんなこと言うなよ
決してもうそんなことを
地面だって黒々と
前を向いている

   風景
男2は気まずさを口の中で転がしている
けれど
男1は軽々と気分もよい様子である

   男1
ラーメンが食いたい気分だ

   男2
たしかに腹が減った

   男1
会話だな これ
問いに投げ返される否応
否応、って単語は否定が先んじる
これって日本人らしくないよな
Noといえない日本人らしくさ

   男2
ああ Noではなく
Yesであるべきなんだ
おういや

   男1
Oh, yeah!!
晴れ渡る空!
空々しい寒さは
いつだって孤独感を
深く滲ませるはずさ
そして舞い果つる落ち葉
黄金の景色
降り注げこの身に
例えばこんな風景を
なあ
散文に戻って
例えばの
喩え話
寝しなに口にするような

   男2
他愛ない話

   男1
まさにまさに
その喩えばの話
例えばこんな風景を
アパートの二階に住んでいる
女が眺めているとする

   男2
女がいると仮定する

   男1
ほら、あのコインランドリーの奥にあるアパート
あそこに女がいたとする

   風景
アパートには寝起きの女がいる
欄干に頬杖をついて
男1のいう黄金の風景を眺めている
吸いさしの煙草を持っているような
ピースサインとも見まがう
指の形をしているが煙草はない
つまりはくゆらせる煙も
香りもない
風が吹くと女の諦念した髪だけが揺れる

   男1
女は黄金の風景を見
行き交う車の音を聞き
口はだらしなく開いている
インスタントラーメンのことを
一瞬思い出してはすぐに忘れる

   男2
女はなにもしていない

   男1
いや 女はする
実は黄金の景色は階下にも広がっている

   男2
つまりは庭があって、ということ

   風景
女のアパートには庭があり
見事な銀杏の木が二本植わっている
まっ黄色に染まった美しい銀杏の姿は
槍の切っ先のようで
女の目を突く
狂おしいほどの魅惑に満ちている

   男2
女が首を垂れる
すると女の豊かな髪が
その横顔を隠す
そして、垂れ下がる髪の毛を
頼りないフレームのようにして
二本の銀杏の黄金に焦点を据え
じっと両目で 見る

   男2
黄金の風景
黄色一色
惑いの
景色

浸食
浸透圧
眼球


   男1
そう 惑いの餌食となり
いやなるように
そうなって はっと不意に
その女は首根っこに違和を覚える
圧を感じる
喉仏のつぶれるような感覚
息苦しさ
風景の餌食
金色の雷が視神経を走る

   男2
欄干に首をもたれていた女が
後ろから力を感じる
誰の暴き立てる力か
何が奉られているか
誰の いや誰も
あるいは何も

   男1
女は首にゆるやかな
しかし抵抗できないほどの力を感じる
黄金の風景が瞬間飛びそうになる
目玉の裏返る感じがある
舌は硬くなり
唾液も顎へと伝い
銀杏へと滴り落ちる
手足は抵抗を試みて
もがきあがく けれど
決して振りほどくことはできない

   男2
して
……
女は

   男1
それまでさ
女は意識が飛ぶこともなく
かといって振りほどくことも
かなわない
それまでの風景
悪い夢見のようだが
しかし
実のところ視点の移動はどうだ

   男2
視点

   風景
男2は男1の語る空想のアパート
その一部屋における一事件を空想する

   男2
はじめは女を正面から見
次に階下の黄金の風景を見
事が起こればその風景の輪郭がぼやける失神の感覚があり
最後には後ろから女を押している手が見えた

   男1
俺たちはもう遥か向こうに
あのアパートを置き去りにしたけれど
心は今のいままであそこにあった

   風景
幽霊

   男1
幽霊

   風景
男2は続かないが
心底ではイメージを描いている

   男1
はじめ視点は女の外にあり
次第に女の内側へもぐりこむ
そうして安定を得る

   男2
肉体を得る
いない女の
肉を
纏う

   風景
私は肉体を持たない
しかし、いまここに肉体はある
この矛盾を男1も男2も話題にはしない

   男1
そして、女の肉体が危険にさらされると
今度は安全と思われる行為者へ視点は移動する

   男2
した

   風景
しばし男1と男2、は沈黙する
二人を取り残して風景が音を伴い
声を従えて
風景は
行き過ぎる
静かに
苛烈なまでに
残酷に

   男1
なあ見ろよ、この中華そば屋
赤いカウンターテーブルに丸椅子
そして上半分が摺り硝子になっている入り口

   風景
もう過ぎた
ラーメンはいただかないようだ

   男1
奥までは見えなかったが
見たか 客を

   男2
ベージュのチノパンと
灰色のスニーカーは見えた
あれは客だろう

   男1
しかし、あれが
もしも、あれが
摺りガラスの部分は一切失われているとしたら
そういう類の
不条理なる一幅の現代日本画だとしたなら

   男2
そんなことはない
あるわけがない

   風景
男2の否定の言葉
否応またはおういや
の返信は
工事現場の音にかき消された

   男2
お前の輪郭が

   風景
この言葉も

   男2
いまともに
あてもなく歩く
お前の輪郭が
地面を打ちつける振動に
ぼやけている

   風景
工事現場過ぎる

   男1
あの中華そば屋
鳴門は入っているか

   男2
今度確かめよう

   男1
言葉の誤りがある
正しく正せ

   男2
今度確かめておくよ

   男1
いま太陽は背後にある
君の影はだから前にある
影にひきずられることなく
伸びていく影を
まだ見ぬ道とする

   風景
男2は黙っている
舌が何かを言いだそうと
口内でしきりに回っているが
渇いていく感覚だけが残る

   男1
視点の問題なんだ
いるのか いないのか

   風景
黄金の風景は
あてどもない歩行の末にどこかで
途切れてもよいはず
ここが現実ならば
しかし詩のことばの上では
永遠の並木道が続き
多くの視点がそれらを捉える

   男1
黄金の風景
いない いや
いる おう
ほらほら、あれが俺の

   風景
男1が空を指さす
しかし本当の指は詩の台本を握っている
男2はその見えない指につられて
視線をあげる
しかし本当の指と目は詩の原稿にとらわれている

   男1
俺のちぎった雲だ
間違いなどない
俺はあっていた
俺はありえた
俺は昇った
俺は降った
俺のちぎった雲だ
俺の、ああ
しかし
もはや
もうはや
もう
もう見えなくなる
もう見えなく──なる

   風景
いないのにいるもの
なんだった

(男1、詩の台本をとじて俯く)

   風景
男2は見上げていた視線を
横にいる男1へ向ける
しかし、横にいた男1はもういない
風景の語りという存在が矛盾するように
男1もまだここにあるのに
もう詩の台本において
男1は見えなくなっている

   男2
ちぎれた雲なんて
どこもかしこも
いっぱいに広がってしまって
それでは一体、どこにお前があるだろう
お前がいるのか私には分からない
いるのにいないのだ
お前はもはや
見えないものが見える視点
点を
穴とし
そこから
覗き映し出す
逆さのお前の姿
お前ももう──幽霊の群衆にまぎれたのか

   風景
男2の脇を車が往来する
国道は黄泉までは続かない

(風景、詩の台本をとじる)

   男2
足元に
踏みしだかれた
銀杏の葉
ひとひらの否に
ただたちすくむ

(男2、詩の台本を閉じる)

(詩の台本をとじていない観客だけがその世界の中に取り残されている)

(疑問符だけを傍に置いて)



(作:遠藤ヒツジ)

前編:向坂くじら『とても小さな理解のための』

『光よりおそい散歩』

 


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