『言っちゃえばラップは変態的な行いです』
5.ヒップホップと異物感
DJ YEW:異物感はヒップホップの整理された打ち込みのドラムの中では余計に目立つ。それこそ、揺れるビートだったりバックに生演奏がついているものだと逆に埋もれる瞬間はあるかも。
DJ YEW:楽曲制作者の意図した気持ちの良い音の鳴りやグルーヴの進行とは違うところで異物感がくるから、「気持ちの良い音楽を聴こう」という頭だとそんなラップはあり得ないとなるんだけれど、そこはやっぱり不良性があり惹かれる。
気持ち良い音楽を気持ち良いまま聴かせるというのは、ヒップホップでなくてもいい。
この言い方だと敵になっちゃうかもしれないけれど、ジャジーヒップホップもただ気持ち良いだけの音楽。
それはさきほどの話に出た定番の繋ぎをするのと同じで誰がやっても気持ちよくなれちゃう。
そうではなくて異物感から見出していく。
異物の気持ちよさに目覚める。これはヒップホップが出てきたときの根本的な部分じゃないかなと思っている。

今はヒップホップが周りにあって普通に聴けちゃうけれど、ラップがない状態でこの世に初めて現れたときは決して気持ち良いものではなかっただろうなと。
だからこそ、異物感に対する感動をキープしないとヒップホップ自体の本質的な美しさを気がつけずに麻痺しちゃうかな。
これは読者のみなさま、おわかりいただけたるでしょうか(笑)。
DJ YEW:僕はその部分を人間の”自律進化の可能性”という風に言葉を当てています。自律進化は「涼宮ハルヒの憂鬱*28」から引用しているんだけれど、涼宮ハルヒの方は宇宙自体が意識を持って、それが自律進化していくために人間に興味を持つ話。
やっぱりヒップホップが生まれることによって人類は進化したと思う。言葉を持たない人が言葉をもって、それで生まれたカルチャーやビジネスがあるだろうし。
それと同じような感動を得たのが Dj KENTARO、DJ BAKU の色んなジャンルを混ぜていくというもの。自律進化をしていく中でヒップホップの DJ が色んなものを飲み込んでいく。
人間は進化できるんじゃないか、そういう可能性に対する期待感を含めて魅力がある。
となると「異物感を受け入れてヒップホップが生まれた」という部分を評価しながらヒップホップをやり続ける。
オールドスクールはスタイル化しちゃっているから、それはそれでいいと思うけれど、もう少し本質的な部分で当時ヒップホップが出てきたときに、ヒップホップの外にいた人たちにどう聞こえていたのか。何がそれまでの音楽と違っていたのか。
「ヒップホップが受け入れられる」という言い方があるということは、受け入れられていない状態がまずあるということだから。
なぜ、受け入れられないのかを意識して記憶に刻み込んだうえでヒップホップを聴く。それが自分にとってはすごい大事。
ヒップホップ自体の自律進化の可能性を探っていくときに、異物に対する感覚を持っていないと尻すぼみになる。

DJ YEW:言っちゃえばラップは変態的な行いです。演奏するのではなくてドラムをループさせただけのものに音楽的な教育を受けていない人がメロディを無視してべらべらと好き放題に喋っている。
スクラッチも触っちゃいけないレコードを触って音階のないようなノイズを出してそれを気持ちいいと言っているのはおかしなことなんですよ。
人の音楽を盗んでループさせて「私の音楽です」というのはおかしなことなんです。骨が折れちゃうようなダンスをして皆で楽しむのもおかしなことなんです。グラフィティもそうですよ。グラフィティは犯罪です。
そういうことを常に振り返らないとヒップホップ自体の本質を見失うままで既存のスタイルにのっかるだけになっちゃう。
いかに変なことをやっているかというのを意識していたいし、だからこそそれが好き。

変態行為から生まれるファンクネスもあるし、音楽の教育を受けていない人からしか出てこないリズムの刻み方や汚い言葉、その組み合わせの面白さ。
音楽をループさせることによって生じる元の音楽にはない良さ。ダンスも人間の自律進化の可能性そのものだと思っていて、ダンスでこういう動きができる、こういう筋肉が使える、自分も頑張ればこういう動きができるんじゃないかと。
グラフィティに関してはあまり擁護はできないけれど、お金を払って高い美術館にいかなくても観れる作品。壁じゃないと生まれない表現、保護されていない美術だから今日は観れたけれど明日は観れる保証がないというのも当然あるし、日々劣化していくのもある。
その場でしか味わえないグラフィティというアウトプットじゃないとだめだよね、みたいな美学もあったり、品行方正なあれじゃ全くないけれど犯罪だからこその痛快さもあると思う。
ただカッコイイというのはバックグラウンドには何かがある。
自分と同じように変態性を感じなかったとしても「なぜ、ヒップホップという表現になったんだろう」と振り返って想像を巡らせてみると、持たざる者のための文化であるとは色んな場所で言われているように、そういうストリートから生まれた社会保障システム的な部分もあり、音楽的な教育を受けていなくても音楽として成立させられる魔力がある。
これは誰かが仕込んだのではなくて楽しいことをやろう、変なことをやろうというパーティから生まれたアイデアの中で本能的な部分もあると思う。
掛け声、声を出すこと、自分の行動や儀式に意味合いを持たせたり、勢いがついたり、それは本能的な身体の部分と連動しているのかもしれない。

ラップもそれに近いと思っていて音楽がかかって踊っていく中でそれを煽る MC からラップができたんじゃないかなと自分は思っている。煽っていく中で、お客さんの盛り上がりと自分自身の盛り上がりの相互効果でこれはメロディつけないままばっーと喋ってもいいでしょと誰かのブレーキが外れた。狙ってやったものじゃないというのは凄い良かった。……この辺りはカットしていい(笑)。
オールドスクールの話はね、あんまりオールドスクールが好きではない。なぜかというとフロウが単純だから。リスペクトはしているけれど、音としては嫌い。
DJ YEW:そうそう、自分自身が実際にそれで進化したかは正直よくわからない。でも、それをやっていることがきっかけで別のところで別の人の進化のきっかけになればなというのはあったりするかも。
*28 涼宮ハルヒの憂鬱…谷川流のライトノベルを原作とする学園 SF 作品。2006年にテレビアニメ化され、独特の演出や劇中歌、ダンスシーンなどを通じて、インターネット上のファン文化にも大きな影響を与えた。


